「70歳、今日も現場へ」 ― 生涯現役を貫く小規模企業経営者のリアルと選択 ―
「あと10年、この作業場に立ち続けたいと思ってるんですよ。」
静かな笑みを浮かべながら、そう語るのは東京都内で小さな町工場を営む田村さん(仮名・70歳)。創業からすでに35年が経ち、工場の壁には年月の重みがにじんでいる。
今や経営者の高齢化は日本全国で加速し、小規模企業の多くが「事業承継の壁」に直面している。だが、その一方で「誰にも譲らない」「引退する気はない」と語る“生涯現役経営者”も少なくない。
日本政策金融公庫の最新調査「小企業の事業継続に関するアンケート」結果によると、60歳以上の小規模企業経営者のうち21.6%が、後継者も持たず、事業の売却・譲渡の意向もなく、“働けるうちは続けたい”と考えているという。
彼らはなぜ、引退を選ばないのか?
そして、どんな想いで今日も現場に立ち続けているのか?
今回は、3人の中小企業経営者の架空人物ストーリーを通じて、その背景にある現実と選択を描く。
経営を続ける理由は「生活」と「想い」のため
1|町工場を守りたい——田村さん(70歳・製造業)
町の小さなネジ加工工場。田村さんは毎朝6時に工場に入り、1人で機械を回す。「もう体はキツいけどね。でも、やめたら毎月の借入金、払えないからさ。」
田村さんが生涯現役を選ぶ理由は「生活費をまかなうため」。調査でも生涯現役経営者の77.2%が同じ理由を挙げており、次いで「借入金の返済」(56.7%)が続く。
「好きなことをやってきたし、今さらサラリーマンには戻れない。従業員はいないし、自分が動かなきゃ止まるだけ。」
田村さんの言葉には、事業と人生が重なっている感覚がある。
2|地域の居場所を失いたくない——佐藤さん(66歳・商店経営)
もう一人の佐藤さんは、地方都市で駄菓子屋を営む女性経営者。週5日、地元の子どもたちと触れ合いながらお店を続けている。
「私がやめたら、子どもたちが集まる場所がなくなるの。それが寂しいのよね。」
佐藤さんは、「仕事が生きがい」(33.8%)と感じている経営者の一人。お金だけでなく、“地域との関係性”が事業継続のモチベーションになっている。
3|仕事が健康の秘訣——高橋さん(74歳・飲食業)
一方、飲食店を営む高橋さんは、足腰の衰えを感じつつも、毎日お店に立つ。「体を動かしてるうちはボケないから」と笑うが、本音は「やめたら動けなくなるのが怖い」。
「健康を維持するため」(35.6%)、「やることが他にない」(11.2%)という声もまた、生涯現役という選択の背景にある。
生涯現役のリスクと孤独:「収入がなければ、生きていけない」
1|「この店を閉めたら、年金だけでは暮らせません」
再び登場する田村さん(70歳・町工場)は、年金を受給してはいるが、生活費の大部分は事業収入に頼っている。
「年金は月に12万円ちょっと。借入の返済と税金払ったら、残りで生活なんて無理ですよ。」
日本政策金融公庫の調査によれば、生涯現役経営者の約3人に1人(31.6%)が、世帯収入の100%を事業に依存している。他に収入源がないという、極めて脆弱な生活基盤だ。
また、「あまり余裕がない」「まったく余裕がない」と感じている生涯現役経営者は実に77.1%にも上る。
生活はギリギリ、でも働けなくなったらそれすら成り立たない。まさに綱渡りの老後である。
2|「もし収入が途絶えたら…不安しかない」
佐藤さん(66歳・駄菓子屋)も、年金と店の売上を合わせて生活しているが、心のどこかに不安がある。
「病気になって寝込んだら終わり。働いてるからギリギリ回ってるのよね。」
調査でも、生涯現役経営者の54.7%が「事業の収入がなくなれば生活が成り立たない」と回答している。
経営を続けているというより、“働かざるを得ない”のが実態だ。
3|誰にも頼れず、一人で抱える経営の重圧
高橋さん(74歳・飲食店)は、ここ数年、従業員を雇えず一人で店を切り盛りしている。
「昔は若い子を雇ってたけど、今は人件費も払えないし、教える気力もない。結局、自分が全部やるしかない。」
実際に、生涯現役経営者の23.2%は「経営者1人のみ」で事業を回している。
平均従業員数はわずか3.3人。支えてくれる人材も少なく、孤独な経営が続く。
4|出口が見えない老後
将来のことを尋ねると、田村さんは少し笑って首を振る。
「辞めたら生きがいも、収入も全部なくなるでしょ。そうなったら、どうなるかわかんないな。」
調査でも、再就職について「新たな就業先を探すつもりはない」と答えた生涯現役経営者は43.9%。
また、再就職した場合の収入ややりがいは“低下する”と考える人が過半数であり、老後の働き方にも明るい見通しを持てていないのが現実だ。
「働けるうちは続ける」ではなく、「働かないと暮らせない」。
それが、生涯現役経営者たちの“静かな苦悩”でもある。
「承継できない、売れない、辞められない」三重苦の現実
1|「うちみたいな小さな店じゃ、誰も継がないよ」
佐藤さん(66歳・駄菓子屋)は、娘が都市部で家庭を持ち、戻ってくる気配はないことを理解している。
「跡を継がせたいなんて思ってないわ。あの子にはあの子の人生があるもの。」
今回の調査では、高齢経営者の57.3%が「後継者が決まっていない」と答えている。
また、売却や譲渡の意向がない企業も47.8%にのぼり、事業の出口戦略がないまま日々の経営に追われている。
2|「売ろうにも、そんな価値があるのか…」
田村さん(70歳・町工場)も、廃業を意識してはいるが、事業譲渡は現実的ではないと感じている。
「機械はもう古いし、職人の勘でやってるからマニュアルもない。誰が欲しがるっていうんだい。」
調査でも、譲渡を検討しない理由のトップは「事業の規模が小さいから」(67.8%)
次いで「成長が見込めない事業」(36.1%)、「経営状態が良くない」(33.6%)と続く。
これらは、まさに多くの小規模事業が持つ“売れない現実”を示している。
3|辞めるにもコストがかかる現実
高橋さん(74歳・飲食店)は、閉店にかかる費用のことを心配している。
「厨房設備の処分にもお金がかかるし、テナントの原状回復もある。下手したら赤字よ。」
調査では、「売却や譲渡の対価が費用を下回りそう」との懸念も3割近くにのぼる。
事業の終わり方にも資金が必要という現実が、引退をさらに遠ざける。
4|条件が整っても「誰にも頼りたくない」
一方で、「条件が整えば売却・譲渡を検討してもよい」と答える経営者もいるが、生涯現役経営者の58.2%は「どのような条件でも検討するつもりはない」と回答している。
「家族に負担をかけたくない」「外部に知られたくない」「事業は自分の手で終わらせたい」
—そんな気持ちが、彼らを孤立させている。
「辞めたくても辞められない」「売りたくても売れない」
生涯現役という選択の裏にあるのは、“出口のない経営*だ。
生涯現役という働き方の幸福と限界
1|「仕事があるから、毎日が楽しい」
佐藤さん(66歳・駄菓子屋)は、店に立つと自然と笑顔がこぼれるという。
「毎日、子どもたちの顔を見るだけで元気になれるの。お金じゃないのよね。」
実際に、調査では生涯現役経営者の66.4%が「経営に生きがいを感じている」と回答している。
「やめたら寂しい」「社会とのつながりを失いたくない」という気持ちは、多くの経営者に共通している。
また、「好きなことを仕事にできる」「裁量が大きい」「柔軟な働き方ができる」など、中小企業経営ならではの“自由さ”が、生涯現役の魅力として挙げられている。
2|それでも「満足」とは言い切れない現実
ところが、仕事に生きがいを感じている一方で、事業全体に対する満足度はそれほど高くない。
調査では、生涯現役経営者の「経営に満足している」との回答は36.2%にとどまり、 「やや不満」や「かなり不満」が合わせて約48.8%にのぼっている。
特に顕著なのは、「収入に対する不満」である。
なんと50.2%が「不満」と答えており、これは3人に1人が“赤字基調”と回答した現状とも一致する。
3|ワークライフバランスにも限界が
高橋さん(74歳・飲食店)は、自身の健康やプライベートについて考える余裕がないと話す。
「休めば売上が減る。でも無理すると体がもたない。…どこで線を引けばいいのかわからない。」
調査でも、生涯現役経営者のワークライフバランス満足度は低めで, 「満足」と感じているのは40.4%にとどまっている。
つまり、“働くこと=幸せ”という側面がある一方で、 経営という重責が生活の質を下げている現実も、また存在するのだ。
4|やりがいとリスクの両立は可能なのか?
田村さんは言う。「仕事は生きがい。でも、それだけじゃ生きていけない。」
これは、生涯現役経営者が日々感じている「矛盾の中のリアル」である。
FPや専門家が関わることで、このバランスは変えられるかもしれない。 やりがいを保ちながら、経営のリスクをコントロールする。そのための支援や設計が、今こそ求められている。
生涯現役という働き方は、幸福と不安が背中合わせ。
だからこそ、“続けられる仕組み”が必要なのだ。
ファイナンシャルプランナーができること:経営の終わりに備える支援
1|「やめる」ことも、経営戦略のひとつ
田村さん(70歳・町工場)は最近、ようやく「廃業」という選択肢を考え始めたという。
「少しでも借金を減らして、最後は自分の手で店を閉めたいと思ってる。」
しかし、事業をたたむにも資金がかかる。設備の処分、原状回復、税務整理、そして老後の生活資金。
「“撤退費用”が怖くて、辞めるに辞められない」と語る経営者も少なくない。
このような状況に対し、ファイナンシャルプランナー(FP)の支援がますます重要になっている。
2|人生と事業の“二刀流プランニング”
高橋さんが悩んでいるのは、体力の衰えだけではない。
「辞めたあと、暮らしていけるかどうかが正直わからないんです」と、小さな声で漏らした。
引退を考えるとき、どうしても浮かんでくるのはお金の不安と事業の後始末。 そしてそのどちらもが、密接に絡み合っているのが経営者のリアルだ。
多くのファイナンシャルプランナーは、老後資金や保険、年金など「個人の生活設計」に強みを持っている。 だが、経営者にとってのライフプランは、“人生”と“事業”が一体となった複雑な地図だ。
たとえば──
- 廃業後の生活資金は、どこから捻出するのか?
- 自宅兼店舗の整理は、資産としてどう扱うべきか?
- 借入金や設備は、相続の際にどう引き継がれるのか?
こうした問いに答えるには、事業の構造や資産背景、金融や税の知識が不可欠だ。 だからこそ、経営者の人生を“丸ごと”見られるファイナンシャルプランナーの存在が、今求められている.。
3|「生涯現役」も「引退」も、選べる社会へ
現在の日本では、「やめたくてもやめられない経営者」があまりにも多い. しかし本来、“生涯現役”は自由意志による選択であるべきだ。
- 続けたい人が、健康的に働き続けられるサポート
- やめたい人が、誇りを持って引退できる仕組み
- 家族や従業員の未来も含めた「引き際のデザイン」
これこそが、今後の高齢経営者支援の本質であり、FPが果たせる役割でもある。
「仕事が生きがい」であることは素晴らしい。
だが、「引き際を設計できること」もまた、同じくらい価値がある。
生涯現役は美談だけではない。だからこそ、いま備える
70歳を過ぎても現役で働き続ける経営者たち。
その姿には確かに美しさがある。しかし、その裏には「やめられない事情」や「見えないリスク」が隠れている。
事業も人生も、“終わり方”が肝心。
だからこそ、早い段階から、引退後の生活や承継・廃業の準備を始めることが何より大切だ。
ファイナンシャルプランナーは、経営と暮らし、両方の視点で経営者を支えるパートナーである.
人生の出口戦略に、不安や孤独を感じる前に.ぜひ、今こそ一度ご相談を。
Life & Financial Clinic(LFC)では、経営者に「両面の視点」で伴走します
私たちLife & Financial Clinicでは、ファイナンシャルプランナーとしての専門性に加え、経営・事業承継・企業ファイナンスにも深く携わってきた経験をもとに、経営者が安心して“次の人生”に踏み出せるよう、事業と人生の両面から包括的にサポートしています。
「やめたいけど、やめ方がわからない」
「事業の整理と、老後の備えを一緒に考えてほしい」
そんな声に、数字と心の両方に寄り添いながら応えていくのが、私たちの役割です。
一般的なライフプランでは届かない、“経営のリアル”を理解しているからこそできる支援があります。
※本記事に掲載されているデータは、2024年に日本政策金融公庫が実施した「小企業の事業継続に関するアンケート」結果に基づいています. 登場する人物・ストーリーは、調査データをもとに構成したフィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません。
(執筆:ファイナンシャルプランナー 平野泰嗣)
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