新制度『家族サポート証券口座』とは? ~認知症とお金の“もしも”に備えるしくみ~
高齢化が進む今、「認知症でお金が使えない」リスクが現実味を帯びています。2025年に新たに創設された「家族サポート証券口座」は、証券資産の管理を家族がサポートできる制度。この記事では、制度の仕組み、従来制度との違い、銀行口座との関係、家族でできる備え方までをやさしく解説します。
新制度「家族サポート証券口座」創設|認知症と資産管理の新たな選択肢
2025年2月、日本証券業協会が発表した「家族サポート証券口座」という新しい制度が注目を集めています。
この制度は、将来的に認知症などによって本人の判断能力が低下した場合に備え、あらかじめ信頼できる家族に資産の管理や運用を任せられるしくみです。具体的には、証券会社での資産の売却や出金、一定範囲での買付けなどを、本人に代わって家族が行えるようにするものです。
たとえば、親が高齢になり、証券口座で保有している投資信託や株式、NISAを持ったまま認知症を発症した場合。通常であれば、口座が事実上「凍結」され、売却も出金もできなくなってしまいます。
「施設の入居費を払いたいのに、お金はあるのに使えない」
「認知症になった親の金融資産を高リスク商品から低リスク商品に組み換えをしたい」
――そんな場面に直面する家族は少なくありません。
「親の証券口座、どうなるんだろう?」「自分が認知症になったら、家族に迷惑をかけないようにしたい」
こうした不安や願いを受けて生まれたのが、この家族サポート証券口座です。
証券業界としては初めて、「認知症と資産管理」という課題に対して共通のルールを整備した、大きな一歩と言える制度です。
認知症で銀行・証券口座が使えなくなる?知っておきたいお金の話
認知症になると、銀行口座や証券口座の利用に制限がかかることがある――この事実をご存じの方も増えてきましたが、具体的な影響や対処法までは把握していない人も多いのが実情です。
実際、本人が認知症を発症し、判断能力が低下していると見なされた場合、
たとえ家族であっても、ATMからお金を引き出したり、ネットで口座を操作したりすることは認められません。
さらに、証券口座においても、本人の意思確認ができなければ、投資信託の解約や株の売却、出金などの手続きが原則としてできなくなります。
「口座にお金はあるのに、医療費や施設費が払えない」
「親のために動きたいのに、何もできない」
そんな状況に直面し、経済的にも精神的にも追い込まれてしまうご家族が後を絶ちません。
もちろん、これらの制限は、本人の財産を不正利用から守るための安全策でもあります。
しかし現実には、必要なときに使えない“凍結資産”になってしまうという大きなリスクを抱えているのです。
任意後見・信託・代理人制度|従来の認知症対策が抱える課題とは
認知症による金融トラブルを未然に防ぐために、これまでもいくつかの制度や仕組みが存在してきました。代表的なものを、以下の表にまとめてみましょう。
制度名 | 特徴 | 難点 |
---|---|---|
任意代理契約 | 本人が元気なうちに、家族など信頼できる人に財産管理を委任する | 判断能力が失われた後は効力が不安定とされ、金融機関で断られることもある |
任意後見制度 | 元気なうちに契約しておき、将来、認知症などで判断能力が低下したときに家庭裁判所の監督のもと代理人が発効 | 審判や監督人の選任が必要で、すぐに使えない。手続きが煩雑 |
成年後見制度 | 認知症発症後に裁判所が後見人を選任。法的効力が強く確実 | 柔軟性が乏しく、家族でも自由にお金を動かせない。費用や期間の負担も大きい |
予約代理人制度 (金融機関独自) |
本人が元気なうちに、家族を代理人として登録しておく仕組み。判断能力の低下後、一定の範囲で代理人が手続き可能 | 金融機関によって対応範囲が異なる。 証券会社では売却・解約は可でも、買付は原則不可。銀行口座では出金のみなど制限が多い |
これらの制度は一見すると頼りになりそうですが、実際には・・・
「手続きが複雑すぎて進められない」
「いざというときに制限が多くて使えなかった」
という声も少なくありません。
また、予約代理人制度についても、導入している金融機関が限られるほか、代理権の範囲が非常に限定的です。たとえば証券会社では、保有商品の売却や解約は認められても、新たな買付(運用)は基本的にできない仕組みになっていることが多く、資産の継続的な活用には不十分です。
このように、制度はあっても「実務でどこまで使えるか」が分かりにくく、家族が動けるようになるまでに時間がかかるというのが、これまでの現実だったのです。
家族サポート証券口座のしくみと特徴|従来制度との違いも解説
こうした従来制度の限界や、認知症による資産凍結への不安に対応するために、証券業界が新たに打ち出したのが「家族サポート証券口座」です。
これは、本人の判断能力が低下しても、事前に信頼できる家族がサポートできるように設計された、証券業界初の統一的な運用ルールに基づく新制度です。
制度の対象は証券口座に限定されますが、以下のような特徴があります。
- 本人が元気なうちに、信頼できる家族(サポート者)と任意代理契約を結びます。
- この契約は法的な効力を持つよう、公正証書として作成する必要があり、形式面でもきちんとした備えが求められます。
- 証券会社に契約書を登録しておくことで、本人の判断能力が低下した後も、代理人(サポート者)が証券口座を管理・運用できるようになります。
- サポート者は、保有する株式や投資信託などの売却・解約・出金といった資産の処分に加え、一定の範囲で新たな買い付けも可能です。
- ただし、事前に本人と合意した運用方針に沿う必要があり、信用取引やデリバティブなど、リスクの高い取引は制限されています。
- 出金先は本人名義の銀行口座に限られるため、実際にその資金を使うためには、銀行側での別途の備え(代理人登録制度など)も重要になります。
このように、家族サポート証券口座は、本人の資産を保護しつつ、家族が適切にサポートできる実務的な制度です。
資産運用の自由度と安全性のバランスがとれており、「お金はあるのに使えない」といった認知症による資産凍結リスクを、証券業界全体でカバーしようという動きとして注目されています。
今後は、証券会社ごとの対応体制の整備や、制度の周知が進むことで、より多くの家庭にとって現実的な選択肢となっていくことが期待されます。
銀行口座の出金制限に注意|証券口座だけでは備えは不十分?
家族サポート証券口座を利用すれば、証券資産の管理や現金化はある程度可能になりますが、そこから出金されたお金は「本人名義の銀行口座」にしか振り込めません。
ここで押さえておきたいのが、銀行には銀行独自の運用ルールがあるため、そのお金を家族がすぐに使えるとは限らないという点です。
とくに、本人の認知機能が低下したと金融機関側が判断した場合、預金の出金や振込などの依頼に対し、本人確認や意思能力の確認を慎重に行うのが一般的な対応となっています。
これは、本人の財産を守るための観点からですが、実際には介護費用や医療費など「やむを得ない出費」に対応できず、家族が困るケースもあります。
こうした事態に対し、金融庁は2019年の「高齢社会における資産形成・管理」及び「顧客本位の業務運営の進展に向けて」等で、金融機関に対し『本人の利益を第一に考えつつ、家族からの申し出には柔軟に対応する』ことを求めています。
つまり、画一的に“出金できない”とするのではなく、必要な支出や生活費の支払いについては、丁寧な事情聴取と判断のもとで対応するよう求められているのです。
ただし、現場の対応にはバラつきもあるため、家族がスムーズに対応できるようにするためには、次のような備えをあらかじめ講じておくことが推奨されます。
- 銀行の代理人登録制度を利用する
対応している金融機関では、本人が元気なうちに家族を「口座代理人」として登録できる制度があります。通帳記帳や出金など、一定の範囲での対応が可能です。ただし、金融機関によって制度の有無や範囲は異なります。 - 任意後見契約を活用する
本人の意思能力があるうちに契約を結び、必要になった時に家庭裁判所の監督のもとで発効する制度です。金融機関からの信頼性も高く、口座取引にも確実に対応できます。 - 家族信託を設計する
信託契約により、家族が「受託者」として預金を含む資産を柔軟に管理できるようにする方法です。一定の設計と準備が必要ですが、複数の資産に横断的に対応できるメリットがあります。
このように、銀行口座と証券口座では制度や対応が異なるため、双方において連携した備えをしておくことが、実務上とても重要になります。
金融庁の方針も「画一的な対応ではなく、本人と家族双方の立場に配慮すること」が基本となっており、制度だけでなく、実際の運用を見据えた準備が求められているのです。
家族でできる準備とは?家族サポート証券口座の前に考えること
家族サポート証券口座を実際に活用するかどうかを考える前に、まずは「備えるための第一歩」を踏み出しておきましょう。以下のような準備が、今後の安心につながります。
- 親や家族と、「もしものときのお金のこと」を話しておく
将来、判断能力が低下した場合に誰がサポートするのか、どこまでを任せたいのか――。いざという時に慌てないためにも、普段から会話を重ねておくことが重要です。 - 通帳・証券・不動産など、資産の棚卸しをしておく
資産の全体像が見えていないと、適切な制度選択や手続きができません。どこに何の口座があるのか、どの証券会社・銀行を使っているのかを家族で共有しておきましょう。 - 代理人にしたい家族と、将来の意向を共有しておく
誰に財産管理を任せたいか、どの程度の権限を託すかは非常に重要なポイントです。互いの理解が一致していることで、のちのトラブルを防ぎ、スムーズなサポートにつながります。 - 必要に応じて、信頼できる専門家に相談する
司法書士、ファイナンシャルプランナー、信託実務に詳しい専門家などに相談することで、制度選択や契約内容を具体的に詰めることができます。制度は複雑に見えても、専門家と一緒なら安心して進められます。
こうした事前の準備こそが、将来の「困った」に備える一番の近道です。
まとめ|制度を知って家族を守る第一歩を踏み出そう
家族サポート証券口座は、高齢の親や家族の資産を、家族が無理なく支えるための一つの選択肢です。
しかし、それだけですべてが解決するわけではありません。制度には対象範囲や制限があり、銀行や不動産など他の資産管理とは連携が必要です。
だからこそ大切なのは、「制度を知っておくこと」、そして「早めに話し合っておくこと」。
事前に理解しておけば、いざというときにも落ち着いて対処できます。
まずは情報を集めて、家族で対話をはじめましょう。
制度をうまく組み合わせることで、家族の安心と本人の尊厳の両方を守る準備ができます。
安心の第一歩は、小さな一歩から始まります。
【参考】
・「家族サポート証券口座 制度要綱」(2025年2月)(日本証券業協会)
・金融審議会 「市場ワーキング・グループ」報告書 の公表について(金融庁)
(執筆:ファイナンシャルプランナー 平野泰嗣)